TureTiru Times

つれづれ「ちる」ままに日常や学問、ライフハックについて書き綴るブログ

「話す・聞く事」だけじゃなくて「試す事」

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今日の朝、たまたま点けたテレビでハッとさせられました。

 

せっかくですので記事にしたいと思います。

 

「話す・聞く」だけになってはいないだろうか??

ある農業商品などを小売りしている方で、お悩み相談室なるものもやっている人がいるそうです。

 

例えば、

「今まで〇〇を作ってた土壌で△△を作りたいから土壌の分析をしてほしい」

とお客さん。

 

そこで、土壌を専門的にその場で分析してみせ

「この栄養素が足りないからこの肥料を入れるといい」

とアドバイス。

 

その方は、販売員として仕事をする一方、農業の研究者としても活動している方でした。

 

最後によくあるインタビューで、

「話す・聞くってことは誰でも出来るし、してもいる。『試す』ってことが大事なんですよ。」

とおっしゃっていました。

 

ぶつかって壊してなんぼ??

 

確かに、な。

って素直に思いました。

 

最近、本を読んだりしている一方、活動的に行動をしている人を見たりすると惹かれることがありました。

 

やっぱり本を読んでるだけでは分からないこともたくさんあると思うんですよね。

 

今まで人に出会って(本もそうだけど)、自分の世界をぶち壊してもらったという経験は何度かしました。

 

そういう意味でも、

読んで感じたことや思ったことから生まれた「やってみたいこと」を「試す場」も持ちたいなと思いました。

 

試して失敗したと思ったら修正すればいいだけですし、修正するなら早い方がいいですしね。

 

バランスを取るとか言ってないで、まずは「ぶつかってみる」ってことが大切なんでしょう。きっと。

 

けど、そうやって失敗するかもって思ってやることってなかなか「勇気」がいりますよね~

 

実際、よく考えてみると世の中で「正常」で思われていることって長い目や広い視野でみると意外と「異常」のことの方が多い気がするんですよ。

 

例えば、

けっこー前に「地球温暖化だー大変だー!」って騒がれたと思うんですけど、地球の歴史って観点からみるとむしろ今の「安定」した状態の方が「異常」らしいんですよね。

 

「安定」とか「正常」とか「正しい」って概念もどこか時代のコンテクストによって生まれている概念に過ぎなくてそこに「普遍性」なるものはない気がします今のところ。

 

だから、どこに価値基準を置くのかってことがすごく大切なことだと思うんです。

 

自分自身や社会を改善したいと思うなら、一体どんな価値基準があるのかを知らなければ「井の中の蛙」状態に陥ってしまう気もします。

 

でも、それすらいつまでも頭の中で考えていてもしょうがないですしいつか行動におこしていく必要はあるでしょう。

例え、自分自身がアクションを起こすわけではなくとも、自分が行なった分析のもとアクションを起こす人が居たとして、

その人がどうなったかということを知ることは大切でしょうし、そこから広くは「歴史」を学ぶ意義があったりするんだと思います。

 

また話がそれてしまいましたが話を元に戻します。笑

 

結局、何か行動する上では「失敗」するのが当たり前ですんなり「成功」することの方が異常だと思っているくらいでちょうどいいんだと思います。

 

だからって「話す・聞く」といったことの意義が失われるわけではないですけどね。

ちゃんと「本と対話」していくこともやって、行動もしてぶつかっていきたいなと思います。

 

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!

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